大西羊『作文集』

作文を書きます。小説も、書くかもしれません。

イマジン・カリフォルニア(Seaside 4)

紳士とカップルと秋の日野のスターバックス

アメリカに四季があるように、日本にも四季があるんだ」僕がそう言うと、リキはまず一度落胆したようだった。それもずいぶんと。まず飲んでいたコーヒーをゆっくりとテーブルに戻した。それからゆっくりと手のひらを見つめて、それを握ったり、開いたりした。その様子は場違いな午前の雨のようで、まるで緊張感はなかった。大根役者のようでもあった。スターバックスの店内はがやがやとしていた。右隣のテーブルにはカップルが、左隣のテーブルには老いた紳士がいた。老いた紳士は古革のコートを椅子にかけ、ネクタイにはペイズリー柄の刺繍が編み込まれていた。金の蛇を模った栞のわきには読みかけの「オセロー」があったが、それには手をつけず、遠い空の方を見て長く思案に耽っていた。カップルたちは秋の日向を受ける窓辺のテーブルに座り、ヘビー・ペッティングについての話をしていた。リキは僕の反応を待っていたようだけど、僕はカップルの話が気になっていた。「ねえ……昨日のだけど……」「昨日のはよかった。すごかったよ」「ねえ……そうでしょ……勉強したの……」「勉強?」「ビデオよ……Video……」「舌の使い方が、すごかったよ」「ねえ、ビデオよ……Video」「ねえ、聞いてる?」

「ねえ、聞いてる?」リキがそう言った。

「もちろん聞いてるよ」僕はそう言った。

「なあ、本当に四季があるのか?」

 僕はうなずく。

「日本にも?」

 僕はうなずく。

「それで……冬は寒いのか?」

「もちろん」

「もちろんって、そんな。俺は寒いのが嫌で、冬のカリフォルニアに耐えかねてわざわざトウキョにまでやって来たんだぞ」

「なるほど」

「本当に冬は寒いのか?」

 僕がうなずくとリキは肩を落とし、コーヒーから手を放し、もったいぶったようすで息を長く吐いた。リキはそうやって落胆していた。あるいは落胆しているような演技を繰り広げていた。秋の日野の寂れたスター・バックスと同程度に、それはまったくひどく、じつにどうしようもない演技だった。僕はカリフォルニアのことを考えてみた。美しいカリフォルニア、蒼い色の海、空、ビーチ・ボーイズの「ファン・ファン・ファン」。カリフォルニア、それ自体は僕にとって実に魅力的に思えた。だが、そんなカリフォルニアとリキが関係しているとは、なかなか、いやまったく想像できなかった。

 それから、僕とリキはいつものように不毛な会話を繰り返していた。リキは落胆することがブームになっているようだった。リキが落胆するたびに、僕はカップルを盗み見ていた。

 紳士がちらりとカップルの方を睨んだ。もちろん、ヘビー・ペッティングに対するカップルのオブセッションはやむことがなかった。日が落ちるころになっても彼らは飽くことなく、ヘビー・ペッティングに対して鋭い探求を繰り広げていた。僕はカップルがヘビー・ペッティングをしている姿を想像してみた。そこにはルネサンス期の絵画のような、新時代の芸術性が感じられた。

 

「ファン・ファン・ファン」

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