どうも。
どうも。
こんにちは。あるいは、こんばんは。たまにはこういう出だしもいいだろう。「たまには」という概念はどんなものにも希少価値を与える、じつに普遍的な魔法だ。「たまには」で色づけられていれば、すっぱくてまるで飲めたものでないシードルだって、買ってしまうこともあるだろう。
たまに、誰かと喋ってみたいと思う。
それはすごくふとした感覚だ。じつにふいなものであり、とてもささいなことである。鳥が空を横切るときに、影が小さくできるように。
その気持ちがどこから来ているのだろう……孤独から来ているのかもしれない。自己表現の谷底からかもしれない。西風の囁きからかもしれない。バタフライ・エフェクト……すれ違う女の子の向こうに、アオスジアゲハがはばたいていた。せっせとランニングしている彼女の後ろで、青年が自転車をこいでいる。僕とすれ違ってしばらくしてから、二人は親しげに話を始める。誰かに見せつけているのだろう。
話をしたいと考える……これは純粋な気持ちだ。ただ、意欲だけが先行してしまうのがほとんどである。何を話せばいいのか、誰を誘えばいいのか……それらについて考えなければならない。
もっと軽く話せればいいのにな、と思う。立ち上がり、ドアを開けて、廊下を進み、いちど、にど、曲がり、ドアの前に来て、それをノックする。声をもらったあとに、ドアをひらく。
「……なに? どうしたの?」
「とくに何もないよ。ちょっと話をしたいだけさ」
「何の話?」
「べつに何の話でもない……ただ、思い立っただけさ。でも、こういうことってあるだろう?」
「そうね」
「ふと、誘われるように話をしたくなること……まるで西風に吹かれるみたいにさ」
「変な言い方ね」
「そうかな?」
「そうよ。変な言い方」
僕は西風について考えてみる。そこには海をたっぷりと含んだ塩のにおいがあった。そして日だまりのような暖かさ……ちょうど「セイル・オン・セイラ―」みたいだな、と思う。あるいは「ハニー・パイ」だ。行ってしまった彼女の船を、西風が吹き戻してくれればいいのにな……そういう歌詞がある。とても素敵な歌詞だと思う。
「セイル・オン・セイラー」
夕日がほとんど落ちてしまって、空が厚みのある夜の色に塗り替えられていく時刻の三条では、半袖だと少し物足りない。川向こうに連なる店屋のせり出しで小さな時間が流れているようだ。テーブルのうえにロウソクの赤い光が灯っている。ねじがしめられるようにゆっくりと、夕日がその光をしぼっていく。三条におけるロウソクはちょっとだけ目立つようになり、空は暗い色を吸い上げていく。テーブルをはさんで話している三条の人々は、幸せなためにそんな変化に気づいていない。時間は早く過ぎていく。