大西羊『作文集』

作文を書きます。小説も、書くかもしれません。

リキの電話番号(Seaside 5)

大ノ木リカルド、その友達

 リキ、つまり大ノ木リカルドの押し付けがましい態度はいまに始まったことでない。大ノ木さんの紹介で出会ったときからそうだった。

「俺はカリフォルニアで産まれて、カリフォルニアで育ったんだ。だからさ、君とは違うんだよ。そう違うんだ。わかるかい? それに「ハーフ」なんだ。(リキはネイティブの発音で「ハーフ」と言った。風車に吹き付ける息のように弱い「ハーフ」だった。)そう。「ハーフ」。ママはスペイン系、パパは日本人というわけさ」

「パパって大ノ木さんのこと?」

「オオノキ、そうさ。オオノキって言うと、なんだか変な感じだけどな。パパはパパさ」

「君は本当に大ノ木さんの息子なのかい?」

「そうだ。でも、なんでそんなことを聞くんだい?」

 僕は別に何も言わず、ただ黙っていた。大ノ木さんとリキにDNAの上で繋がりがあるとは思えないよ、なんてことを言ったらめんどう極まりないとわかっていたからだ。

「つまり君は金持ちなんだね」

「そうだな」リキは言った。「金持ちかもしれない。まあ、すげえ裕福ってわけじゃないけどな」

「そうなんだね」

「奢らないぞ」

 僕はうなずいた。

 僕とリキは海辺のバーでビールを飲んでいた。暗い場所だった。客は僕たちだけで、部屋は海の音が聞こえるくらい静かだった。マスターはずっとうつむいたままで、長いこと帳簿をつけていた。リキはマスターに紙をくれ、と言った。マスターがじろりと、ごつごつした顔をあげた。片目には🌺の刺青が入っていた。リキは紙を一枚くれませんか、と言った。マスターは帳面をぱちんと一枚ちぎると、それをくれた。僕がペンを取り出すと、リキは受け取った。ちょっとしてから「ありがとう」と言った。

「これが俺の電話番号だ。忘れたら困るからな。なあ、これを一緒にして洗濯するんじゃないぞ」

「ありがとう、気をつけるよ……でも、これをどうしたらいいのかい?」

 リキはしばらく考えるように眉をひそめたあと、ちらりとマスターの方を見た。僕もマスターの方を見た。マスターはハロー・キティ柄の万年筆で帳簿をつけているようだった。

「なあ……友達になってくれないか。俺、日本に来てから、友達がいないんだ」

アメリカではいたの?」

 リキは黙っていた。

「なあ……サーフィンはできるか?」

 僕はうなずいた。

「もう一度だけ言う。友達になってくれないか」

 僕はとくに首を振る理由もなかったので、うなずいた。

 

 つぎの日、僕は一日を本を読んで過ごしていた。「失われた時を求めて」を「ゲルマントのほう」まで読み進め、昼食をとってから「東京奇譚集」の「ハナレイ・ベイ」を読んだ。それから「千と千尋の神隠し」を久々に見た。すごくおもしろかった。「千と千尋の神隠し」はすごくおもしろいとよくわかった。

 そのつぎの日、リキに電話をかけた。リキはとても不安気な声をしていた。それを聞くと、さすがに僕の心もちょっぴり痛んだ。

「悪かったよ。昨日は忙しかったんだ」と言った。

「ねえ、いまからサーフィンに行こうよ」そう付け加えた。

 そうしてサーフィンをして……僕とリキは友達になった。

 

「リキの電話番号」

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