大西羊『作文集』

作文を書きます。小説も、書くかもしれません。

ペーパー・ムーン(シーサイド・スリー)

ペーパー・ムーン

 ここに来てから一週間が経過した。僕は少しずつここでの生活のリズムを保てるようになってきている。朝、夜がまだ空の端にひっかかっている時間に目覚める。まず顔を洗い、つぎにベッドを整える。眠れる彼女を確認しながらソルティー・ドッグを飲んで、浜に出かける。浜は砂の廊下のように長く、港に面した商店街まで続いており、もちろん人の気配はない。近くにはざわめく椰子の群れと背景画のようなアイアン・ツリー、それに松の低木が四本生えている。松の低木は自然のものではなく、ここを僕らに貸してくれた大ノ木さんが若いころに植えたものらしい。浜の風景は奇妙に見えた。等間隔に植えられた松は不思議なアンバランスさを感じさせた。空間に奇妙なうねりがうまれ、世界各地の白浜が継ぎ接ぎされているようにも見えた。僕はそんな浜をゆっくりと走った。きっかり二周。それでちょうどいい朝の時間になる。部屋に戻ってシャワーを浴びると、彼女が起き出すか、起き出さないかしている。それから朝食を作って、またゆっくりと食べる。今朝はドーナツを作った。ただ穴はあけなかった。平べったいコロッケのようなドーナツは、すこし火の通しが弱かった。僕は穴を開け直して彼女の分を作っておいた。彼女は眠っていた。

 

 昨夜はテレビを見ながら折り紙を折っていた。いつのまにか時は流れていて、折り紙でできた作品もけっこうな数になっていた。休憩のときに、彼女が僕のところへ立ち寄り、色とりどりのそれらをひとつずつ見分した。彼女はひとつの折り紙をつまみ上げて、これはいったいなに? と訊ねた。顔は折り込まれたように訝しげだった。

「月だよ」

「月? 月の折り紙なんて初めて聞いたわ」

「でも、実際にこれは月だよ。そう見えるでしょ?」

「まあ、そうね。言われてみればだけど、たしかに月だわ」

「月の折り紙なんて珍しいかな。そうも思わないけれど」

「いえ、私は初めて見たわ。聞いたこともなかった」

 彼女は官庁から来た役人のように、他の折り紙をすべて確認した。それから鶴と月の折り紙を持っていった。僕の折り場からは秋の雰囲気が奪われた。あとには欠けた四季が残った。彼女は鶴と月を器用にキャンバスにひっつけると、そのままわき目も振らず絵を描いていた。月は川岸にひっかかった枯葉のように見えた。風が吹くと床にそれぞれ落ちてしまったが、もう一度ひっつけることも、拾うこともしなかった。ただ絵を描き続けている。気付いてすらいないのかもしれない。

 まっ白く、儚い夢の、ペーパー・ムーン

 

ペーパー・ムーン

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