大西羊『作文集』

作文を書きます。小説も、書くかもしれません。

シーサイド・スケッチ

シーサイド・スケッチ

 僕らがついたときには、すでに日は傾きはじめていた。僕と彼女は、二人で家具を部屋へ運び込んだ。デスクとチェア、銀の食器と鉄の鍋。ヒヤシンスと花瓶に、CDプレイヤーと唐草模様の壁掛け……コンクリート打ちっぱなしの鈍色の部屋がまるで春を迎えるようにして色づいていった。少しの時間のあとに日が沈み、椰子の皮でできたカーテンをかけた。それで最後だった。あとは二人で、カリフォルニアの海を眺めて過ごした。夜が深くなると、白波の線もぼやけてきた。

 僕が眠ったあとも、彼女は起きていた。朝の六時、シーツが擦れる音で僕は目を覚ます。窓際には、椰子のカーテンとともに、海が描かれた一枚のキャンパスがそよいでいる。

 彼女は絵描きだった。幼いときからずっとらしい。それは僕が彼女と付き合い始めてから知ったことで、詳しくは知らなかった。だからこうして本物の絵を目にすると、いまだぎこちなく感じる。

 絵は油絵具で描かれている。あたりには絵具や桃の木でできたパレットがころがったままだった。僕はそれらをひとつひとつ拾い集めながら、その絵をじっくりと眺めてみた。

 絵は、黒い。まるで夜のようだ。だが、注視すればそれが海だということがわかる。夜の海だ。浜もなく、大きな波もなく、空もない。静かな夜海が真上からのぞくようにして描かれている。海は眠るようにして横たわっている。黒の色は果てしないその深さを讃えている。どことなく、不安を感じる絵だった。

 

 すべてを片付けてしまったあとも、彼女はまだ眠っていた。ずいぶん遅くまで描いていたのだろう。彼女はほとんど寝息を立てずに眠る。北の森のように、そこには固く冷たい静けさが感じられる。僕がトランジスタ・ラジオで音楽を聴きながら朝食を作っていても、彼女が起き出すことはなかった。打ち上げられた鯨のようにずっしりとした眠りで、手足を動かすこともなかった。ただ、薔薇の色をした肌が、暖かな生命を感じさせていた。

 ラジオからは音楽が流れていた。レディー・ガガの「ボーン・ディス・ウェイ」だ、この部屋のたたずまいとはちがった、流行りの曲。そこには都会の響きがあった。このような辺境のシーサイドであっても、都会の光はあまねく影を作りだす。

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 やがて彼女は起き出した。しつこく眉をこすったあとに、僕に朝食を訊いた。僕がアンチョビと春キャベツのサンドイッチだと言うと、すこし怪訝な顔をした。「どうしてアンチョビなんかでサンドイッチを作らなければいけなかったの?」そう言った。ただ、それは彼女の口にあったらしく、その顔はやがて水の紙のように溶けていった。最後に残ったのは、欠伸を伴う睡眠不足だけだった。

 

続くかも……