大西羊『作文集』

作文を書きます。小説も、書くかもしれません。

サウス・サイド・オブ・ザ・スーサイド――その③

家の中へ

 僕は案内されるままに歩を進め、南側さんより先に靴を脱いだ。杉の原木が靴箱のかたちに彫刻されていた。僕のスニーカーを含めると靴は四つあった。他の三つはどれも革靴で、大きさも、その色・艶にしても同じだった。ただ、内側の意匠がそれぞれに異なっており、別のものであることがわかった。キングとクラブとクローバーが描かれている。南側さんが脱いだ靴のその底に、最後のハートが残されていた。

「さあ……先へ。カーペットのとおりに行くんだ……そう、その緑をした……それさ……」

 だだっぴろい玄関口から緑のカーペットが続いていた。底辺が短く、縦に長い二等辺三角形で、長さでいえば七メートルはあっただろう。張角の左にクリーム色をした襖があった。それを開くと大名茶室の造りがあった。茶室は陽と木の香で満たされており、張りと青さを失った十月の草原にとても似ていた。

 

 部屋の隅でじっととまり、畳をちらちら見やっていた。そこから赤子を持ちあげるようにゆっくりと、目線を南側さんへ向けていく。彼はちょっとの間僕の瞳を見つめたあと、少しだけうつむいた。ひと匙ほどのうつむきだ。グラスいっぱいの水も、こぼれないだろう。

 彼は無口で、僕もあまり話さないほうだった。僕らの間にあったのは多くの場合静寂であったように思う。ただ、完全な静寂などではなく、環境の内側の静けさだった。ときには波があり、ときには風があった。しとしとと流れる茶のしずく、ペンがこすれる優しい軌跡……意思の疎通は表情にあったのだろう。僕が困ったように見上げると、南側さんがうつむく。それが許しのあいずだった。僕は足を折りたたみ、そろそろと身体を低くする。僕はまた彼を見る。彼は折れた青のジーンズをとらえ、またうつむいた。そこで僕は足をくずす。南側さんが襖の奥へ消えていく姿をうしろに、一息をつく。庭にのぞむ三つのガラス窓から、ほんのり黄色い午後の日が影を差している。午後というのは、夜と昼のつなぎでしかなく、定められた時の流れの、内の過程のほんのすこしでしかないものだ。ただ、差し込む午後の暖かな光を見ていると、時間の停止や、永遠の静けさを感じてやまない。古い記憶が訴えかけてくる感覚、忘れてしまった世界の秘密。畳と足がすれる音はその意識をずっと強いものへ変化させる。風にゆれる花、氷のきしむ音……

 午後の光は、切り取られて動かない絵の世界から差し込んでいる。すべての音がくぐもっている。自分の指先が美しく見える。

 

 

描写ばかりだし、前回(②)を書き直したい思いにかられているけど、つづく