大西羊『作文集』

作文を書きます。小説も、書くかもしれません。

あつさと夜道

やまいだれ

やまいだれ」という言葉を初めて知ったときほど、驚いたときはない。僕はそのときこんなものにまで名前があるのか、と思ってしまった。ほんのちいさな世界の細部にまでフレーバーテキストが実装されていることに、いたく感動したのを覚えている。当時の僕は大のゲーム好きで、もしかしたらこの世界は僕を主人公としたRPGなのかもしれないと考えていたから、心の中で作り手のこまかな配慮に賞賛を送った。ひっそりと。

もちろん二十になったいまでも、心のどこかではこの世の中はコンピュータのうえで働いている電子信号なのかもしれないといった思いはある。ただ、そんな信号としてはこの世はすこし複雑すぎている。くわえて、でたらめがすぎている。

 

夜道を歩いていて、ふわりとした暑さに出会った。暑さはアメンボのようにしばらくの間僕の頭上をつんつんと行き交っていたが、やがて風に吹かれて去っていった。そして、僕はやまいだれのことを思いながら考えていた。あんなところにまで名前がつけられているというのに、どうして夜道のこの感覚には、なにも名前がないのだろう。

もしかしたら、あるのかもしれない。夜道の暑さを表現するのにちょうどいい名前が。だけど僕はそれを知らないし、知る機会もなかったように思う。世界というものはとても繊細で、じつに緻密なものだが、こういったところに名前が転がっていないことは、ちょっとだけ残念に思う。

 

短いけどこれにする。僕的には言いたいことを十分書けてすっきりとしたからだ。