グラス一杯分の長さをした激しい雨
さっきまで雨が降っていたのに
さっきまで、雨が降っていた。そう、さっきまでだ。いまは降っていない。僕がシャワーを浴びる前、本当にさっきまで降っていたんだ。だけど、こうしているいまは、そこに雨はない。
七月八日、深夜、それは降っていた。降り出したまさにそのときからとても激しい、突風のような雨だった。僕はやおら立ちあがり窓を閉めた。雨は颯爽と夜の町を覆った。古びたコンクリートを鞭打つようにぴしゃりと叩きつけ、ひどい雨音を鳴り響かせた。僕は少し不安になって、その様子を窓のこちら側から眺めていた。雨音はいたずら好きの子どものように、僕のその顔を覗きこみ、くすくすと笑うようにまた一段と激しくなった。
ただ、雨は僕の考えと違ってすぐにやんだ。雨のあと、そこに残ったのは完全に締め切られた部屋の、どこにもいけない淀んだ空気だけだった。扇風機は淀んだ空気を切り刻み、迷った子猫のように首を振り続けている。
雨は激しく降り注ぎ、僕の心を揺るがした。ただ、それはグラス一杯分の長さの雨だった。あとには揺るがされた心と晴れた夜だけが残った。僕が不安気に空を覗きこんでも、そこにはずいぶん前から変わらない夜景しかなかった。
昔、僕には友人がいた。
その日も、友人はにこやかに遊んでいた。そこは残り僅かとなっていた陽だまりで、いまはもうすでに失われてしまった憩いの時間だった。僕と友人は柳の枝を引っこ抜き、それを編むようにして王冠を作っていた。王冠はもうすでにいくつもあったけれど、僕らは編み続けていた。王冠は柳の根のそばに積まれていた。ときどき、小さな友人がそれをとても大事にもらっていた。その様子は僕を嬉しくさせた。友人もちょっと笑った。僕はまた柳の枝を引っこ抜く。柳はざわざわとすすり泣いていた。
僕は思った。きっとずっとこうしているんだろう、と。これは不滅の時間なのだ。縮むことも、伸びることもなく、本当の意味で永遠に僕らはここにいるのだ。
これは柳の時間。
雨が去ったあと、沈黙した夜は僕に古い友人のことを思い出させた。僕はちょっと悲しくなって、しばらく静かにしていた。本当は音楽を聴いて寝てしまう時間だったけれど、長い間静かにしていた。古いことと今夜の間に距離を置いた。古いことから目を逸らすようにした。古いことでなく、他のことに集中した。そうやって、古いことを忘れようとしていた。
向こうに、町の光が灯っていた。夜景のそれは、柳の時間よりもずっと、ずっと長く、世界の中に固定されている。
不安になって、もう一度空を覗き込んだ。だけど、雨は降ってくれなかった。グラス一杯分の長さをした激しい雨は、もうすべてこぼれてしまった。