大西羊『作文集』

作文を書きます。小説も、書くかもしれません。

バスのスケッチ

バランス

僕はけっこうお気楽な人間だ。たいていにこにこしてるし、なんでもゆるくやっている。生き方はかなり独善的で、まちがっていたとしても「まあいいや」の考えですぐに次に進む。そんな人間だ。

というのはじつはうそだ。僕はけっこう危うい人間だ。ただ、多くの人には上記したみたいに見えるらしい。僕が何かにつけてナーバスになっていることなんてまったく信じられないらしい。少なくとも教授には驚かれた。「まさかひつじ君がそういうふうになるなんて」そう言われて、僕はちょっと笑ったけれど、やっぱりつらい部分もあった。

そして今日はそのバランスが崩れてしまっている。この文面もある種明るく見えると思う。だけど、実際にはぐらぐらと揺れて、均衡の感覚を失っている。安定していない。

そういうとき、僕はひどく不安になる。小説を書けなくなってしまうし、読めなくなってしまう。ゲームさえできないし、人と話すことはとても恐ろしく感じる。そして、音楽が、つまらなく聞こえる。これが一番つらい。音楽を聴きたい。

 

あまりこういうことは言いたくない。だってつまらないだろう? そう考えるからだ。少なくとも人に読ませるべきではない。僕の中で片付けてしまうべきだと思う。だけど、こう書いているのは、それは言い訳のためだ。つまり僕が言いたいのはこうだ。

「今日は調子がよくないから、昔書いた文章の切れ端を、作文とさせてください」

ということだ。

 

ところで……友達を募集しています。

 

バスのスケッチ

 夜の雪は巨人のように降りそそいでいた。スイミング・スクールをあとにして、ほとんど貸し切りの送迎バスに乗った僕は車窓から雪の姿を見つめていた。雪。それはあたかも世界の常識のようなものであって、人生の幾つもの場面において繰り返されてきた言葉だったけれど、まじまじと雪の降る光景を見つめたのはそのときが初めてだった。夜の街をゆっくりと抜けていくバスがあり、しとしとと降りかかる雪の粉があった。ミレニアムを前に控えた僕の街は、たくさんのネオンで色めいていた。ときに色はミドリで、ときに色はレモンだった。青に変わったかと思うとまぶしく輝きだし、文字の点滅するとなりで闇の一団がちぢこまっていた。雪のうえにはそんなネオンの色が広がっていた。赤、エメラルド、スカイ・ブルー、ロイヤル・パープルにバイオレット。さまざまな色が踊っているようだった。小さな雪はダンス・ホールで、すれ違う車のびゅんという音はプログレッシブなディスコ音楽だった。車窓越しの世界は美しく、僕は湿ったプール・バッグの隣で夢を見ていた。暖房が車内に効いてくると、窓にはあちら側とこちら側の温度差によって白いもやがかかりはじめた。そっと指でふれると、窓には扁平形の指紋が残った。バスのおじさんは萎んだ頬で笑いながら窓にさわらないでね、と言った。濡れてしまうとあとが大変なんだ。それでも僕は窓に触れていた。べつに聴き分けが悪い方ではなかった。ただ、こんなに輝かしいものがあった事実を、それまで知らなかったのだ。

 ただ、この話をしても、誰も僕を信じてはくれなかった。たしかに次の朝になると雪はやんでいた。そして積もってもいなかった。アスファルトのうえに伏して、とても近いところから道路を見つめてみても、雪は残っていなかった。よろよろと立ち上がり、肌に沈んだ黒い塵を払い落した。白い顔がすこし赤くなっていた。だが、すぐに元に戻った。冷たさだけが僕に残るその経験は、これからの行き先を暗示しているようだった。